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2010年02月26日
再びミニカー・・・アキラのこぼれ話

ミニカーって不思議な存在です。本来は子供の為に生まれたオモチャなのに、どういう訳か大人も夢中にさせてしまうのです。かくいう私も本物のクルマはもちろん、ミニカーも大好きです。
そしてそれはいかに本物に忠実に出来ているかではなくて、いかにミニカーらしくあるか、それが大事なポイントなのです。
子供の頃オモチャ箱には必ず入っていたミニカー。私も友達同士で自分のコレクションを見せ合ったり、持ってるクルマの性能自慢をしたりして結構熱くなって2~30台位集めたりしていたものでした。でもそのうち興味の対象が他へ移り忘れられた存在になって、たまに親戚の子供にあげたり、どっかいっちゃったり。最期は結構悲惨な結果で、その一生を終えていたミニカー達。
それでも大人になってたまに机の大掃除なんかして、引き出しの奥から古ぼけてハゲハゲのミニカーがころがり出てきて再会した時、自分の想像の世界や夢をふくらませてくれた古い友達みたいなミニカーがとても懐かしく、嬉しくなったりしたものでした。
そんな時はとりあえず雑巾でゴシゴシやって机の上の隅っこにちょこっと飾ったら、なんか一台じゃ寂しいかなって思って少し仲間を増やそうかな、と又私の物集めの病気が再発したりなんかする訳です。
こういったミニカーも他にもいろいろあり、やはり古いアンティーク物も存在します。私も最近ではそちらに興味が移っている訳ですが、今回ここに紹介するクルマ達はみんなそれぞれイイ味出している物ばかりです。
子供の為に作られたミニカーが、何十年という時代にさらされて、人間と同じ様に味とか風格とかが滲み出て、こういう枯れたイイ味になるのです。

<ロールスロイス>
シルバーレイス1950年代
英国DINKY製
グレー×ベージュ
¥8000

<メルセデスベンツ>
300SEクーペ1960年代
フランスDINKY製
レッド内装ホワイト
¥6000
(私、昔これに乗っておりました。)

<メルセデスベンツ>
350SL1970年代
ドイツMARKLIN製
ブルーメタリック内装ホワイト
¥6000
(私、今これの500に乗っております。)

<ニッサン>
初代シルビア1960年代
ヨネザワTOYS日本製
ワインメタリック
¥35000

<トヨペット>
コロナ1960年代
アサヒTOYS日本製
コーラルピンク
¥10000

<ルノー>
フロリダ1960年代
英国コーギー製
ウイローグリーン内装レッド
¥5000

<日野>
初代コンテッサ1960年代
大盛屋チェリカフェニックス日本製
ブラウン
¥50000

<日野>
コンテッサクーペ
アサヒTOYS日本製
ライトブルーメタ内装ホワイト
¥40000

<リンカーンコンチネンタル>
観音開き1960年代
大盛屋日本製
ワイン×ホワイト内装グリーン
¥10000
……..ヤバイです。私、又マジではまりそうです。
投稿者 sweetroad : 14:21
2010年02月20日
<シェーン カムバーック>・・・アキラのこぼれ話

ワイオミングの緑深い山並みに向かって、馬に跨がりゆっくりと去って行く男に小さな男の子が大きな声で語りかける。そして少しの沈黙のあと、「シェーン.....。...カムバーック!....。」とさらに大きな声で叫ぶ。
私の大好きな「シェーン」のラストシーンです。
今回このブログで初めて映画の事を書いてみようと思いますが、その一発目がなぜ「シェーン」だったのか。それは私の考える男の美学がこれに集約されているからなのです。
西部劇の醍醐味は基本的にラストシーンにあると思います。それらの主人公はみんなガンマンでどこか影を背負って生きている流れ者。無口で生き方が不器用で、だけど本当は強くて銃の早撃ちは天下一品。そして事件が治まったあとは一人その場を立ち去って行く。これが西部劇の王道です。そしてそれらの西部劇はアメリカの決して長くはないけれど誇り高き歴史を再確認させ、これからも忘れてはいけない、という事をスクリーンで再現したものなのです。
この「シェーン」もワイオミングの開拓農民達の村へ流れ着いたシェーンが、その農民のひとりジョースカーレットの家にしばらく厄介になる訳ですが、そこで農民達が悪徳牧畜業者のライカー一味の嫌がらせををうけている事を知ります。そしてそのライカー達に農民が一人また一人と殺されていくのを見かねて最後にはシェーンひとりでライカー一味の待ち受ける酒場へ乗り込み、一味全員を撃ち倒し、そして静かにその場を立ち去るという物語です。

アランラッド扮するシェーンがスターレットの一人息子のジョーイに接する時のやわらかい態度や語り口と、悪漢一味と戦う時のそのストイックなまでのガンプレイには男なら誰しも、こういう生き方をしてみたい、と思うのではないでしょうか。
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1953年パナマウント映画製作でこの年のアカデミー賞撮影賞受賞のこの「シェーン」。私は何度も見ておりますが、その度に大きな感動に包まれ、”男の教科書として正しい”といつも思うのです。ヴィクターヤングの主題曲「遥かなる山の呼び声」の余韻も忘れがたく、とにかくアランラッドが実にいいです。

間違いなく名作です。男なら必ず泣きます。

投稿者 sweetroad : 19:01
2010年02月12日
チャレンジスピリットと年齢・・・アキラのこぼれ話

ここ何回かのブログでは何だかオヤジのグチみたいな話が続いておりますが、今回もまた一つ..........。
「草食系男子」なる言葉が最近、巷からよく聞こえてきます。
なんか嫌な言葉です。この言葉には女子からバカにされても何とも思わない女々しい男子の姿が垣間みられ、男子たる者の尊厳や、若い男子特有のバイタリティーやチャレンジ精神といったものが微塵も感じられないのです。
別に肉食べなくってもいいけど、そういったスピリットは若い男子に持ち続けてもらいたいのです。
危険をおかす事だけがチャレンジの意味ではないし、成功の確かでない事に挑む事だけがチャレンジの意味ではないと思うのです。今まで自分がしたことのない行動を自分を信じて行う事。それがチャレンジの第一歩と思うのです。
例えば、小学校までの道順に、大きな犬がいていつも吠えられるから遠回りして別の道で学校へ通ってた小学三年生が、意を決して、怖いけど今日はそっちの道で行くぞと決めたとき、彼は立派なチャレンジャーなのです。小さな事や他の人から見れば何でも無い事でも、そういう気持ちや心と連動したアクションがチャレンジなのです。

私も50を過ぎ、肉体的にも精神的にもままならない事が増えてきていますが、いつもそういう気持ちは持ち続けたいのです。
若いという事がすべてではない、と教えてくれたのは誰だったろう。経験やチャレンジを繰り返し、成功、挫折......人生の喜びと悲しみを知った者はやさしくなれると思うのです。そして経験の作り出す余裕には若さもかなわない、と自分に言い聞かせながら、日々を過ごしていきたいと思う今日この頃の私なのであります。
今回もサラっとグチってみました..............。

投稿者 sweetroad : 16:10
2010年02月10日
スイートロードにニュースタッフが加わりました。
スイートロードも2号店「SX-70 by SWEETROAD」ができて3ヶ月が経ちました。
その間にスイートロードに強力なスタッフが増えました。
そこで皆さんにニュースタッフを紹介させて頂きます。

土肥さん
1942年(昭和17年)射手座 血液O型
カメラの知識はスイートロードで一番豊富な頼れる人
とっても優しいのでカメラの事ならなんでも相談して下さい。
実は、骨董品にも詳しいですよ!

植田さん
1956年(昭和31年)魚座
古い物が大好きで、アンティークウォッチや
アンティークライターなどの知識とセンスは抜群!
スタッフブログ「アキラのこぼれ話」も絶賛掲載中!
是非、ご覧下さい。

杉田英史
1976年(昭和51年)水瓶座 血液B型
6年のバイヤー経験を経てスイートロードスタッフとして復活!
「仕事の速さ」と「飯を食う早さ」は誰にも負けない。
時計以外にもたくさんの知識を持っているので
頼れるお兄さん的存在です。

孫 昌載
1981年(昭和56年)水瓶座 血液A型
インターネット大国からの使者
インターネット部門の助っ人外国人
画像加工のスピードと
カラオケのうまさは”天下一品”
4人も新しいスタッフが増え、これからスイートロードは、
ますます盛り上がって行きたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。
投稿者 sweetroad : 18:28
2010年02月05日
便利なツールに考える事・・・アキラのこぼれ話
年が明け、2010年も早や一ヶ月が過ぎましたが相変わらずのデフレスパイラルによる低価格競争のため、福袋しか売れない百貨店やバーゲンしか売れない専門店といった、消費者の価格だけの選択により流通マーケットは青息吐息が続いております。


昨今の日本を席巻するエコブームもそれに拍車をかけ、エコ=安い物、エコ=手間のかからない物、めんどくさくない物、といった間違った図式が出来上がっている様な気がします。
買い物という行為に夢とか、気持ちの高揚とか、作り手の考えとかは全く関係のない低価格というだけの選択。又、買い物に限らず、すべてにおいて、めんどくさい物は排除され様としているかのような世の中の風潮。
例えばメール。ビジネスや相手との簡単な確認事には非常に便利なツールである事は言うまでもありませんが、最近では男女の思いを伝える手段にもメールでOKなのだそうです。

”それって絶対、手紙でしょう。”っと私は思うわけです。
メールで”好きだ、愛してる。”って言われても私の心はときめかないのです。
字の上手い下手とかいう以前に、便箋を選び、相手を思いながら一字一字書き進めて行く。出来上がった手紙をきれいにたたんで封筒に入れ、そして切手を貼って出してくれた、その行為に私はしびれるのです。

懐かしい人、親しかった人との手紙のやりとりでは、過去のお互いの関わりや思い出に包み込まれながら、懐かしい顔、優しかった顔を思い浮かべつつ、したためて行くと思うのです。
今の日本はこのメールと手紙の関係が全てを表している様な気がします。便利なツールと手間のかかる物、この二つは対極にある物ではなく、共存すべきものと考えます。その場面に応じて使い分ける知恵が生き方を豊かにすると思うのです。
携帯で世界の名作を読むより、ゆったりとした自分の時間の中で名作に浸りたいと思うのは私だけでしょうか?
快適と快楽は違うのです。
久しぶりに懐かしい人に手紙をかいてみてはどうですか.........。

投稿者 sweetroad : 17:45
